はじめに
水素吸入療法は、近年、さまざまな疾患に対する新たな治療法として注目を集めています。水素には強力な抗酸化作用、抗炎症作用、細胞保護作用があるとされ、その効果は多くの研究で示唆されています。こうした研究の中でも、慶應義塾大学は水素吸入療法の先駆者的な役割を果たしており、その成果は国内外で高く評価されています。本記事では、慶應義塾大学における水素吸入療法の研究成果と臨床応用について詳しく紹介します。
慶應義塾大学の水素吸入療法研究
研究の始まり
慶應義塾大学では、2007年に発表された論文を契機に、水素ガスを治療に用いる研究が本格的に開始されました。水素ガス治療開発センターを中心に、循環器内科、救急医学教室、グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)などが協力し、基礎研究から臨床研究まで幅広く取り組んでいます。
先進医療Bへの申請
2016年には、厚生労働省に「先進医療B」として水素ガス吸入療法を申請し、承認を得る上で重要な役割を果たしました。この申請には、水素吸入療法の有効性や安全性を示す臨床研究データが必要とされ、審査過程では倫理委員会の承認や臨床試験の設計の適正性が厳しく評価されました。また、一定数の患者を対象とした臨床試験の結果が求められ、医療機関における実用化の可能性も考慮されました。これにより、日本において水素吸入療法が世界に先駆けて医療の現場で認められることとなりました。
学術大会での発表
2018年には、第22回日本統合医療学会学術大会において水素吸入療法に関する臨床データが報告され、国内の医療従事者の関心を集めました。
水素吸入療法の主な研究成果
心停止後症候群に対する効果
- 病院外で心停止となった患者を対象とした臨床試験が実施されましたが、新型コロナウイルス感染症の影響で中止されました。
- しかし、試験では2%水素添加酸素吸入療法を行うことで、90日後の生存率が24%向上し、後遺症なく回復した患者の割合も25%上昇する可能性が示されました。
高血圧に対する効果
- 高血圧モデルラットを用いた実験では、毎日1時間の水素吸入を行うことで血圧が低下することが確認されました。
- この効果は、水素が自律神経のバランスを整え、交感神経の過剰な活性化を抑えることによるものと考えられています。
新型コロナウイルス感染症に対する効果
- 水素吸入療法が「好中球細胞外トラップ(NETs)」の形成を抑制し、炎症や血栓を防ぐ可能性が示唆されています。
- 2020年に発表された研究では、水素がNETsの過剰生成を抑えることで、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)や血栓症のリスクを軽減する可能性があると報告されています。
- 中国・武漢では、新型コロナウイルス感染症による肺炎の治療に水素吸入が採用され、重症化予防に一定の効果があったと報告されています。
水素吸入療法の作用機序
水素吸入療法の作用機序は完全には解明されていませんが、以下のようなメカニズムが考えられています。
- 抗酸化作用: 活性酸素の中でも特に毒性の強いヒドロキシルラジカルを選択的に除去し、細胞の酸化を防ぐ。
- 抗炎症作用: 炎症を引き起こす物質の働きを抑え、炎症反応を鎮める。
- 細胞保護作用: 細胞内の情報伝達を調整し、損傷や死滅を防ぐ。
- エネルギー代謝の向上: ミトコンドリアの機能をサポートし、細胞のエネルギー産生を促進。
今後の展望
水素吸入療法は、新たな治療法として期待されていますが、その効果や安全性のさらなる検証が求められています。
今後の研究では、大規模な臨床試験を通じた有効性の確立や、長期的な安全性の評価が重要となります。また、異なる疾患群への適応可能性や、最適な吸入条件の特定など、具体的なメカニズムの解明も必要です。これにより、水素吸入療法の標準化が進み、より多くの疾患への応用が可能となることが期待されます。
まとめ
慶應義塾大学では、水素吸入療法に関する研究が活発に行われており、心停止後症候群や高血圧などに対する効果が示唆されています。副作用が少なく、安全性が高い治療法として注目される一方、今後の研究によって有効性と安全性を確立することが求められています。

付録: 慶應義塾大学の研究者一覧
研究者名 | 所属 | 役職 | 研究分野 |
---|---|---|---|
佐野 元昭 | グローバルリサーチインスティテュート | 共同研究員 | 循環器内科学 |
本間 康一郎 | 医学部 | 准教授 | 救急医学、腎臓内科学、再生医学 |
鈴木 昌 | グローバルリサーチインスティテュート | 特任教授 | 救急医学、心肺蘇生 |
多村 知剛 | 医学部 | 助教 | 救急医療、心肺停止蘇生後症候群、水素医学 |
小林 英司 | 医学部 | 特任教授 | – |
参考文献・関連リンク
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